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奥の細道を訪ねて~北陸車中泊の旅(9日目) [軽バンライフ]

【2023年5月6日】

こまつ木場潟~那谷寺~白山神社~一乗谷朝倉氏遺跡~敦賀~新日本海フェリー「それいゆ」

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楽しかった旅もついに最終日になってしまいました(´・ω・`)――
出発前に予定したとおりにはなかなか進んでなかったり、予定外のスポットとの出会いがあったりと、いろいろありますが、今夜のフェリーの時間まで悔いの無いように走ろうと思います。
それでは冷蔵庫の中の残りの食材をがっちり食べて出発です。

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今日は那谷(なた)寺、平泉寺白山神社、一乗谷朝倉氏遺跡を巡って、東尋坊は時間的に厳しいかな。帰りのフェリーは敦賀発23:55です。

 

【那谷寺】

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那谷(なた)寺は西暦717年開創の天台宗のお寺です。
「奥の細道」を読んで知り、寄りたくなった場所の一つです。
幽玄な世界は静かなうちに歩きたい。混み合う前、開門と同時に境内へ。

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お寺の警備の方?に一礼して進みます。

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苔むした巨木と一体化したような由緒ある門をくぐるとさらに幽玄な空気が漂います。

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奇岩霊石にあいた窟には仏像が安置され、心の奥の自然智が呼び起こされるような景観の「奇岩遊仙境」を前に、しばし悟りの時間を過ごしました。

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さらに進むと「大悲閣」と呼ばれる本殿がありました。
一向一揆で荒廃しましたが、1642年に再建されたそうです。
薄暗い本殿の一番奥で、本尊の十一面千手観音菩薩にお参りしてきました。
一向一揆は戦国時代に浄土真宗本願寺教団(一向宗)の信徒たちが起こした、権力に対する抵抗運動の一揆の総称ですが、このような歴史的なその名前を聞くと、受験生時代に一生懸命ただ丸暗記した知識からちょっと豊かな知識に広がったような気分になります。

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この先には何が待っているのだろう・・・幽玄な世界のさらに奥へ。

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1642年に前田利常(利家の四男)が建立した三重塔。大日如来さんを参拝しました。

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先ほどの「奇岩遊仙境」を上から眺められる場所に出ました。
赤い鳥居がつづく階段を登ることは修行を積んだ者にしか許されませんが、きっとここにお寺を開いた高僧の心が宿っている場所なんだろうな。

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さらに人気の無い石段を登っていくと鐘楼がありました。
寛永年間(1624~1643)に前田利常が建立したものだそうです。
歴史上の人物名も、丸暗記から、豊かな知識へ広がり始めた気がします。

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1689年に松尾芭蕉が参拝し詠んだ「石山の石より白し秋の風」の歌碑。
今回の旅で、奥の細道に綴られた俳句がかなり心に染みるようになってきました。

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那谷寺の境内には、なぜか神社があります。
これは、白山信仰が神道と仏教が融合した「神仏習合」の思想に基づいているためで、この地域にはこのような組み合わせがよくあります。

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神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本土着の神祇信仰(神道)と仏教信仰(日本の仏教)が融合し、一つの信仰体系として再構成された宗教現象と解説されています。
日本へ仏教が伝来した時から、日本の人々によって「神」と「仏」は同じものとして信仰されていた歴史があります。
確かに、自分の中でもこの区別は曖昧な部分があるのを感じるので、日本人の精神の中で今も引き継がれている気がします。

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お寺の境内に神社・・・ということで、お参りの作法が混乱しますが(笑)参拝して、那谷寺をあとにしました。

 

【平泉寺白山神社】

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霊峰白山の越前側登拝口に開かれた白山信仰の拠点寺院で、養老元年(717年)に泰澄(たいちょう)大師によって開かれたと伝られている平泉寺白山神社に来ました。

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鳥居をくぐり、お地蔵さんに一礼して、石段がつづく境内を進みます。

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巨木がそびえ立つ参道歩き、自分がとても小さな存在であることを改めて感じます。

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境内の一角にあり、現在も滾々(こんこん)と水が湧き出ている御手洗池(おみたらしいけ)。
修行中の泰澄(たいちょう)は女神(白山大神)の招きに応じてこの地へ入り、この泉のほとりで祈っていると、ふたたび女神が、泉の中の影向石(ようごいわ)に出現し、白山登拝を促しました。そこで泰澄は、二人の行者とともに白山に十泊以上かけて登拝。これが白山の開山と伝えられています。
三人は山頂での千日におよぶ修行ののち下山、この御手洗池(平泉)のほとりに白山大神(女神、伊奘册尊/いざなみのみこと)を祀る祠(ほこら)を建て、その傍らに住み、修行に励んだそうで、これが平泉寺白山神社の始まりだそうです。

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池の向かい側には泰澄大師が1300年前に御手植されたと伝えられるスギの御神木が立っています。

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石段を進むとやっと本殿が見えてきました。

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本殿のまわりは見事に苔むしており、木漏れ日と相まって、神秘的ですらあります。

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本殿を参拝すると、まだ参道がつづいている・・・道があるなら進まねば(笑)

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だいぶ足取りが重くなっていますが、他の参拝者も「最後まで見なくては」と同じ気持ちでしょうか。

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沿道に目を向けると、仏像が彫られた石がいくつも並んでいました。

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巨木の奥に三ノ宮が見えてきました。

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ここまで登って来たので全霊を込めて参拝。
この三ノ宮からは白山禅定道と呼ばれる泰澄大師も登ったとされる白山への登山道の入口があります。
いずれ、私も歩くことになりそうな気がします。

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三ノ宮の参拝を終えて少し下ると、発掘された中世の石畳が続いていました。
ここから先は誰も来ないので心細くなりながらも、好奇心で進みます。

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若宮八幡神社と大杉。
1574年の一向一揆で平泉寺が焼失した際に残ったという大杉のひとつだそうです。

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一向一揆で焼失する前の平泉寺の境内は現在よりも遙かに広大だったそうで、200haはあったらしく、現在も発掘作業が続けられています。
この自然に還ってしまった藪の中にも、おそらく僧侶の家などが立ち並んでいたんだろうなと思いながら眺めていると、夕暮れの風情も手伝って想像が深まります。

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人気の無い参道を降りてくると、平泉寺地区の集落に出ました。

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集落の真ん中にある神社にももちろん参拝。

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寺社町の集落の佇まいを眺めながら歩き、スタート地点に戻ることができました。

 

【8番らーめん】

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平泉寺白山神社をじっくり歩いたら、すっかりお昼を過ぎてしまい、お腹がぺこぺこ。
こちらに来てから沿道に「8」のマークが看板に書かれたラーメン屋を何度も見かけてとても気になっていたので、早速入って昼ご飯。
この店は「8番らーめん」といい、「石川県民のソウルフード」とも呼ばれる有名チェーン店らしい。
きっと石川県の皆さんがこよなく愛する味なんだろうな~、空腹にとても染み渡りました。

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15時になり雨も降ってきたが、最後にどうしても見ておきたかった遺跡へ参ります。


【一乗谷朝倉氏遺跡】

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一乗谷は織田信長に消された戦国の都。

朝倉氏は現在の兵庫県身の豪族で、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠地を移し越前国(えちぜんのくに)を平定したそうです。しかし天下統一の戦いの中で1573年に織田信長に敗れ、朝倉氏は滅び、城下町も焼き尽くされ、自然に還り、人々からも忘れ去られていました。

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そんな歴史話に引き寄せられてやってきました一乗谷。
日没間近ならではの静寂の中、雨霧が立ち込め、その風情は往事を思わせるのに最高の自然の演出にも感じられました。

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今回のこの遺跡を訪れて感じたのは「復原」(※復元ではない)した「見せる」区画と、発掘された土台などの形跡を残して「想像させる」区画が上手く融合し、この谷が都だった時代の様子に思いを馳せられるよう、相当考えられて保存、運営されているのではないかということ。物見遊山の観光客相手の嘘くさい施設ではない、強いポリシーを垣間見たような気がします。

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織田信長に焼き尽くされる前、ここには一万人以上の人々が暮らしていたそう。
遺跡の中に佇むと、自然と当時の様子が浮かんでくるような気がします。
こういう感覚って、これまでの遺跡観光地で感じたことがなかったな。

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整然と整った城下町が戦国時代まで続いていたものが、今は幻。そこにひかれる歴史ロマンがあるんだな。 

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さて、ずいぶん一乗谷でもゆっくり過ごしてしまった。
だいぶ暗くなったので、敦賀のフェリーターミナルへ向かわなくては。

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JR越美北線の踏切にて。時間があれば「乗り鉄」してもっとこの場所を感じられるのに。

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敦賀フェリーターミナルに着くと外は嵐。写真が撮れるような天気ではなかったのが残念だけど、時間どおりに帰りの苫小牧東港行きのフェリーに乗船完了し、ホッとすると同時に、これで今年の北陸旅も終わってしまうんだなと思うと寂しさが募ります。

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ェリーは敦賀FT発23:55、苫小牧東FT着20:30。
乗ってしまえば20時間のんびりタイム。
まずは露天風呂付きのお風呂でさっぱりしてきます。 

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お風呂上がりは、ちょっと良いビールで独り乾杯ε-(´∀`*)ホッ

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2等個室寝台は、程よい狭さ(笑)で落ち着く空間です。

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揺れも騒音もほとんど感じないけど、心地よい浮遊感の中、ウトウトするまで今旅を振り返る、良い夜更けとなりました。

つづく

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